Archive for 5月, 2011

新神戸歯科見学

水曜日, 5月 25th, 2011

 学際企画でお世話になった新神戸歯科の藤井先生のオフィスに、

腰や肩に持病を抱える母の治療を兼ねて見学に行きました。

http://www.wakushika.jp/staff-blog/archives/2077

 母には私が入れたインプラントが7本も埋入されています。

もしそれの除去を指示されたらどうしようかと、

行く前から不安でした。

ところがオーリングテストを繰り返すうちに

「これはインプラントでも、咬合から来ているんでもないな。

腰そのものやな」とのこと。

まずは僕自身が胸を撫で下ろしました。

母は以前交通事故で腰を強打して腰椎骨折した既往があります。

マッサージチェアーに横になった母の腰に

先生がゆっくり整復を加えますと、

母が「なんか腰があったかくなってきたわ」

   「ゆっくり立ってみて。きっと噛まれへんから」

   「ほんまや。かみ合わせが違うわ」

   「ええか、そのまま噛みこんだらあかんよ。

そのかみ合わせで調整せなあかんから」

 そう言いながら母を慎重に歯科用チェアーに移動させます。

 そこで通常通りに咬合紙を咬ますのですが、

通常でないのがここからです。

 一本一本オーリングテストで反応を確かめ、

咬合紙での印記点とは別の場所を調整されます。

するとどうでしょう。

いつも腰の曲がった母が、

姿勢良くチェアーから立ち上がるではありませんか。

どう見ても身長が3㎝ぐらいは高くなったように見えます。

「あ~、ほんまに楽やわ」

 ビデオカメラを持った僕もにわかに信じられず、

「ええ~、ほんまか!?大げさに言うたらあかんで!どう楽なん?」

「肩の痛みがなくなったわ。腰もかばわんと立てるわ」

   うう~ん、どういうこと?

 以前腰のカイロプラクティックに行って、

噛めなくなった歯医者の偉い先生の話しを聴いて、

その顎位でかみ合わせの再構成を

図ればいいのではないかと思っていました。

 まさにそれを実践されているのを間近に観て、

歯科医療の持つ、未知なる可能性に感動しました。

 最近朝飲むサプリメントにグルコサミンが加わった私

 またぎっくり腰で仕事を休む前にお世話になろうと、

母ともども予約を取って帰るのでした。

十三人の刺客

水曜日, 5月 25th, 2011

 

いや~久しぶりにカタルシスを存分に味わえる映画でした。

風邪引いて、ベットの中で観た 『必死剣鳥刺し』とはあまりに違うテイスト

あの時これ観ていたら早く治ったかもと思わせるほど

元気になりましたわ

何と言っても 稲垣五郎演じるカリギュラのごとき、

残虐極まりない暴君ぶりが秀逸

役者は悪役ほど楽しいと言います。

その点これ以上楽しい役はそうそうないでしょう。

五郎ちゃんが何とも無邪気に、

愉快に演じているのを観て、

思わず微笑んでしまったのは私だけでしょうか。

やっぱ敵役はここまでいかなくちゃ

ラスト50分にも及ぶ村のセットを丸ごと潰すほどの活劇は、

近年稀に見る面白さ

その細部に及ぶ仕掛けが、

男の子の心を存分にくすぐります。

いや~このセットの中でチャンバラしたい~

さすが松方弘樹の殺陣は他とちと違う

かっこい~

威張らず、恐れず、意気込まず

なで肩でやぐらの上に佇む役所広司の

その立ち姿がまたかっこいい~

でもある意味 伊勢谷友介の大物ぶり(笑)が一番かっこい~(?)

私などボクシングやK-1を観ているときと同じように、

子どもの話しかける声も聞えない興奮ぶり

余計な人工の照明が全くない分、

朝方の活劇で初めて役者が誰だかわかるじれったさも、

楽しい仕掛けに感じました。

 ただこのような映画の難点は、

四時間近い『七人の侍』 でさえ、

一人一人の人物像に迫る時間が短く感じた点です。

今回は13人。それも上映時間2時間20分。

なおさらそこに割ける時間はありません。

島田新兵衛が立ち上がるまでに一話。

それぞれのキャラ立ちに3話、

戦闘シーンに2話を要してもいいでしょう。

誰かテレビで連続活劇にしてくれるプロデューサーはいませんかね~

ベネチアの審査員にタランティーノがいてくれたら、

金獅子賞も夢ではなかったかも

残念

それにしても太平の世を退屈を感じると、

あのような暴君を生みだすのかもしれません。

ただ彼も生きる実感がほしかったのでしょう。

死の間際に吐いた「礼を言うぞ。今日が一番楽しかった」という一言が

それを象徴しています。

震災を経験して、

私たちはこれまで以上に生きる喜びを実感し、

感謝の心を養うことが出来ました。

例え平和で、平穏な生活を取り戻したとしても、

今の気持ちを忘れないようにしたいものです。

当然家では暴君になれるはずもありませんが・・・

ETV特集「“医療崩壊”地帯を大地震が襲った」

火曜日, 5月 24th, 2011

 「うちら何も悪いことしてないのに、こんなことになってね。

なんだ・・・って言いたくなるよね」

丹波の医療再生の物語を取材してくれた

米原ディレクターのETVはこんな言葉で始まった。

それでなくても医療崩壊というギリギリで切れかかっていた糸に、

幾重にも編んだ縄でさえ耐えきれぬほどの過大な力が掛かった。

壊れかかっているのではなく、

すでに壊れているものをひとつひとつ積み上げていく、

その労の最中にこの災害

被災する前からたったひとりで、

4000人の健康維持に奔走されてこられた黒田先生の一言が重い

「人ひとりを助け、健康維持するのに

苦労しているのに、

津波で一瞬に全て持って行かれた」

それでもなお、

残された目の前の一つの命と

向き合うことを余儀なくされる使命

医療者としての無念と尊い志

自分の目の前の壁は乗り越えられるものしか訪れないという

医療崩壊という高い壁に立ち向かった人々に、

さらに迫りくる容赦ない壁

神様はいったい何をお望みなのだろうか

人間の傲慢に対する贖罪?

それともより高い堤防(進化)?

私たちは試されていることを実感する。

中村哲先生はアフガニスタンで、

聴診器をスコップに置き換えて、井戸を掘った。

一人でも多くの命を救うために。

それも一つの医療の形

しかし今日も日本で働く医者は

目の前の一つの命を救うことに懸命になり、

我々歯医者は目の前の一本の歯を救うことに懸命になる。

それしかできないことに無力感を感じることがあっても、

目の前の一人に、意味もなくただただ懸命になるしかない。