私の引退
セミナーでお世話になっているN先生が、
7月をもって歯科医師を引退されました。
周囲から見ると油の乗り切った48才での引退を、
患者さんのみならず歯医者の中にも惜しむ声が
たくさんあります。
理由は様々あるのでしょうが、
定年のない自分の引退を
考えるきっかけになった歯医者も多くいたはずです。
引退は自分が決めるのか、人が決めるのか
ちなみにサッカーの中村ヒデなどは、
プロとして自分が追い求める100%の
プレーイメージが達成されないことが、
自分で引退を決めた理由だったのでしょう。
プロ野球の工藤などは、
プロとしてやりたくてもやれないまま死んだ、
後輩の無念を背負って、
人が誰も自分を必要としなくなった時が引退だと
公言しています。
怪我でやむなく引退する赤星もいれば、
柔道の柔ちゃん谷亮子などのように、
他の目標が明確になって退く人もいます。
さて私はどうでしょう。
私は口腔外科医として、
他の医院に出張オペにも出かけます。
ところがそれはまだ自分に出来ると
信じていられる間のことです。
目が見えなくなり、手が動かなくなり、
イメージ通りの手術が出来なくなったら、
患者さんのみならずず、
出張先の先生にも多大な迷惑をおかけするでしょう。
その時は、迷わず自分から
口腔外科医としての引退を決めます。
しかしわく歯科は違います。
私たちの目標は
「健康を守り育てる歯科医院」です。
つまり削らず、抜かず、埋め込まず、
患者さんの健口を守るために存在しています。
そのときの医療者の主役は歯医者ではありません。
歯科衛生士や歯科助手の皆です。
和久雅彦個人の引退は自分が決めても、
わく歯科の引退は地域に必要とされなくなった時、
人が決めます。
これからも必要とされる医院であり続けれるように、
一丸となって取り組んでまいります。


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